数のパワー、マスメディア

ネット検索ワードランキングとか
SNSで頻繁に使われた単語ランキングとか
上位になるのは「テレビで使われた言葉」
だそうな。

そら、そうだろう。

ほんで
「ネット社会でも、やっぱりテレビ強い」
と、テレビのコメンテーターは、結論づけてた。

ふむ。
「強い」って何?

使われた単語の「数」をかぞえて
数が大きい、イコール、強い
ていうのが、テレビ、マスメディアの考え方。

「人気がある」、イコール、認知度。
認知度、イコール、名前を言える(言葉で答えられる)人の数。

大勢が「知ってます」自己申告ができる
イコール
名前・言葉が使われる

「知ってる(自己申告)」人数が多いことが、「勝ち」とされる枠組み
結局は、マスメディア(マス=大量)の物差しなわけで
その物差しでネット社会を論じるのって、見当違いな気がする。

数で計測できないなら、何ではかる?
と言われたら、うーん。
私自身、超どストライクにテレビっ子世代なので
私には、わからない。

わからない、けれども
私には理解できない新しい時代が、既に到来してる
ていうのは、私、肌で感じてる。つもり。

年寄りたちが、「ワードランキング」なるものを作って
「やっぱり若者だって年寄りと同じじゃん」
て安心してる。

ぶざま。

だと、私は思う。
だからといって、若者が感じていることを私は感じとれているワケではなくて
ぶざまな年寄りと、私、大差はないのだけれど。

50歩100歩。目くそ鼻くそ。
私は、50歩の年寄り。目くそな30代後半。
自慢していいでしょ!(目くそと鼻くそ、目くそが上だよね。)

特権階級が、この世の快楽を独占していた時代は、終わった!
今は、大衆の時代だ!
・・て言い始めてから、まだ日は浅い。

多数決に代わる、新しい尺度が発明されるまで
まだまだ、数のパワーが正とされる時代は続くのかもしれない。

でも、未来には
「20世紀は、数のパワー正義説が横行した野蛮な時代」
「21世紀にも、数のパワーにしがみついていた奴らがいた」
みたいな言われ方されるんじゃないかしら。

私は21世紀の時点で、数のパワーに懐疑的でした!
と、ここに書き残しておく。

未来から見たら
「結局は、数のパワー、大正解だったのに。バカだね」
ということに、なるかもだけれど。

ていうか、やっぱり、数のパワー正義説は、覆されること、ないのかな。
多数決の歴史って、古代ギリシャとかまで遡るし?

日本でいえば、江戸時代に町民文化が花開いて
・・1度、花開いた、ってだけじゃなくて
開花して衰退するまでのワンセット、既に完了してる。

ヨーロッパでも
モーツァルトが貴族向け、ベートーベンは境目、シューベルトが大衆向け。
ベートーベンはザックリ200年くらい前の人。

200年を、長いと見るか短いと見るか。
結局は、マスメディアって、未来永劫、強力であり続けるのかな。