はじめてのおつかい

ホルモンバランスかしら。

はじめてのおつかい。
泣けて泣けて仕方ない。

他人チの子供が、ちょっと重たい物を運んでる
ってだけなのに
こんなにも涙を流すなんて、どうかしてる。

と思って
涙をこらえてみるのだけれど
涙は我慢できても、鼻水が!

30代後半、バツなし彼氏なしの女が
真っ赤な鼻して、はじめてのおつかい観てる・・
やばすぎる。

やばすぎるけれど
そんな、やばすぎの状態を、そもそも知っているのは私本人だけ。
なにこれひどい、神様たすけて!

私自身の、はじめてのおつかい。
なんとなんと、30年以上も前のことになるのね。
いやだわ、年取るって。神様たすけて。

30年以上も前のことだけれど
自分のはじめてのおつかい
鮮明に、覚えている。

30年くらい前だから
大型スーパーなんて、まだ近所になかった。
八百屋さんに行って、お肉屋さんかお魚屋さんに行って、お豆腐屋さんは最後。

30年くらい前にも
冷蔵庫は、普通の家に普通にあったけれど
余った食材を冷蔵庫に保存する主婦は、いなかったと思う。
習慣というか、当時の冷蔵庫の性能の問題かもしれない。
野菜もお肉もお魚も、基本的に、使い切る分しか買わないから
毎日、毎日、お母さんは
当時、赤ん坊の弟を、オンブ紐で背中に結わえつけて
当時、はじめてのおつかいデビューくらいの年ごろの私の、手をひいて
毎日、毎日
八百屋さんに行って、お肉屋さんかお魚屋さんに行って、お豆腐屋さんは最後。

八百屋さんは、ほんとうに「800」屋さんで
いろんなものがあって楽しかった。
「長ネギ?玉ねぎ?」
「さといも?さつまいも?」
八百屋のおっちゃんと、お母さんが
笑いながら、私の知らない言葉をいっぱい使っていて
私は、オママゴトをする時のために、と思って
一生懸命に野菜の名前を憶えていたと思う。

そんなある日。
来ましたよ、私の、はじめてのおつかいデビュー!

具体的にどんな形だったかまで覚えていないけれど
母親に、おつかいデビューを切り出された時
子供ながらに「きたーーーーー」って感覚だったのを
すごくよく覚えている。

そして
「きたーーーーー」
の後に、ガッカリしたことも
すごくよく覚えている。

八百屋さんに行って、お肉屋さんかお魚屋さんに行って、お豆腐屋さんは最後。
私は、ちゃあんと道を覚えている。
なのに、お母さんは、八百屋さんにしか、行っちゃいけないと言う。

「長ネギ?玉ねぎ?」
「さといも?さつまいも?」
八百屋さんは面白い。なのになのに、お母さんが私に命じたのは
「大根1本と人参2本」
幼いながらに、そんな食材で料理が出来上がらないのは、絶対わかる。

八百屋さんだけに行って
大根1本と人参2本なんていう非現実的な組合せを、買う。
それだけでも屈辱なのに
「大根1本と、人参2本、ください」という単純なセリフを
信じられないくらい何回も練習させられた。

挙句の果てに、さて家を出る段になると
当時の私には読めないメモ書きを渡されて
お金(たぶん1000円札)とメモを必ず一緒に出せ、とのこと。

しかも!
そう、しかも!
これで終わりじゃないんです!

いざ八百屋さんに到着してみると
おっちゃん
「あ、来たねー。大根と人参だろ?」

母、お膳立て、やりすぎ。
おっちゃん、お膳立て、ばらすな。

コントロールフリーク気味の母。
運動神経が鈍くて、そそっかしい、第一子の私。
心配だったのは、わかる。

でもでも、私ね、脳みそだけは、ちょっと早熟だったんです。
運動神経とか体力とか、全盛期の高校時代ですら、ひどかったけれど
脳みそには、ちょっとプライドがあったんです。

実の母親に、プライドをズタズタにされた、という話。

たぶん、人間みんな、そうやって大人になっていくはずで
30年も経って、いまだに母親をうらめる私は幸せ者(母親、元気だから。)

はじめてのおつかいを観て
不覚にも大泣きしてしまって
ちょっと自分の話をしてみた。

涙の理由と、幼い日の悔しさは、たぶん全く無関係。
純粋に、他人の子供の可愛らしさに、やられてちゃって涙。

・・と自分では思っているのだけれど
心理学者に訊いたら、何て言われるのかな。